行事・例会予定

2019年10月2日 00:00

例会

プログラム:ロータリーの思い出とロータリからの学び① 

瀬崎 信明 様 

■ Always YES!!
いままで何回も申し上げているのですが、今回が最後になりなります!笑笑
プログラム委員長から依頼をうけ、何かお話くださいということなのですが、私は目が薄くて、左目が見えないし足腰も悪いのですがね、
ロータリアンは指名されたら、ガバナーもおっしゃる通り「はい」か「イエス」か「よろこんで」で、必ずするというのが原則ですから、皆さんもそうしてください。
■ ふりかえって
私が入会したのは1974年1月から入っております。今までの思い出は、たくさんありますけれど、30分では時間がないですけどね。
ロータリーができたのは、1905年ポールハリスがシカゴで始まりました、日本は、明治38年日露戦争のとき、夏目漱石が出版された年です。
1920年大正9年東京クラブが設立されています。チャーターメンバーが24名で会長は米山梅吉さん、幹事が福島喜三次さんです。来年100周年ですね
わが玉島ロータリークラブもそうですが、1966年昭和41年9月倉敷クラブがスポサーで玉島シャーターメンバーが30名で設立されました。
行く年がもうすでに、54年ですか。
私が入会を誘われた際、ロータリーはお昼をたべてすごし仲間と話し、話を聞き、都合がつかなければ休めばよいということでした。
入会したら、先輩から色々な教育を受けましたね。出席は、100%しろ、もし休んだら他のクラブに行って補充しなさいという厳しい指導でした。
私は、20年間100%出席でした。笠岡、倉敷、児島、岡山などメークアップに行きました。
私が入会した時は創立20周年の時でした。支所の屋上でミュージックサイレンを置きました。1日4回音楽が流れました。今はないですけどね。
最初中国5県が一つのグループだったんですよ。639地区その時のガバナーが広島南の和田旧都という方で、広島に行きました。
平成3年から2690地区となりました。ロータリーは、常に変わってきております。
そうゆう中で、地区大会に行ったりすると勉強になりますね。
昔は、ブロックがありましてね、玉島は第3ブロックがありましてね、高梁、新見、総社、総社吉備路という風に第3ブロックそれが2000年からグループに変わりました。第6グループですかね。
ガバナー補佐制度ができたのが20XX、新見の中田さんがガバナー補佐になりまして、私もブロック顧問になりまして新見に行ったりしました。
佐藤浩パストガバナーから色々なことを教えてもらいIMがされました。その時、突然のあいさつの依頼がありましたが、なんとか挨拶をさせていただきました。
新見は、肉がおいしかったですね。
■ 委員会活動
ロータリーには、いろいろな委員会がありまして、当初18くらいありましてね、今は14ですね、私は委員長を20解しまいた。
いろいろしまして、委員長が主になって委員会が活動するんですね、
私が社会奉仕委員長になった時に新倉敷の駅にロータリークラブの傘を100本すえたのですが、1年か2年でなくなってしまったわけですが、こんなエピソードがあります。
「玉島ロータリークラブという、クラブにいってぇ」と飲み屋さんから借りた傘だと勘違いされたこともあったそうです。
それから、玉島図書館に活字の大きい「玉島ロータリー文庫」というのを作りました。今でもあると思います。20冊から30冊あるかと思います。
非常に字が大きくて読みやすいと好評でした。そうゆうことで、ロータリーの奉仕というのは、地域に必要なものをするというのが大切かと思います。
IMで、パネルディスカッションをいままで2回出席しました。
高梁クラブの時、社会奉仕について壇上でお話しました。2回目は、吉備路ロータリークラブで、少子化について、産科医という立場からもお話させていただきました。
45周年の時、実行委員長をしているとき、2011年大震災がありましたね、その時の会長の強い英断で式典をする予算を200万くらい
寄付をさせていただきました。式典は、良寛荘で質素に行いました。非常に賞賛すべき行動だったと思います。
20周年の時、消防署に消防車を寄付しています。このように、ロータリーの社会奉仕とは、地域に役立つことをするというのが本筋かと思います。
社会奉仕というのは、やはり職業奉仕から始まるのですね。天から授かった職業を地域に合う形で還元していくこと。
地域に密着した奉仕するというのがロータリアンとして姿ではないかと思います。
地元の人に対して、地域の人に対して何ができるかを各委員長さんが考えられてやってくというのが大切ではないかと思います。
そして、皆さんが健康で続けていくというのが一番です。
■ ロータリーの友情
メークアップは、いろいろなことろに行くと、勉強になります。
私は、笠岡に行ったのですが、玉島から来たというととても歓迎してくれました。児島にも行きました。そうするとRIの渡辺好政先生がとても歓迎してくれました。
できるだけ欠席されたら、各クラブに行かれたらいいですよ。ロータリアンというのは、どこに行っても東京に行ってもいいのです。秋田にいってメークアップしたことが
あるのですが、玉島から来たと申し上げたら、びっくりしていました。ですから、堂々とバッチを付けていけば「やあ」と皆、喜んでくれますから。
ですが、東京のクラブは、びっくりして少し緊張しました。
ということで、私の44年間ロータリーのことをお話させていただいたのですが、できれば、玉島図書館のロータリー文庫を継続いただければと思います。

2024-25年度のテーマ

国際ロータリー会長
ステファニー A. アーチック

関連リンク

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